建物の紹介
Saint Petersburg (Sankt Petersburg)(都市)
モスクワに次ぐロシア第2の都市でピョートル大帝が設立した。
都市名は聖ペテロの街という意味で、ピョートル大帝が同名の聖人ペテロにちなんで名付ける。
旧ソ時代はレニングラードと呼ばれていた。
アメリカにも同名の街があり双子都市として提携している。
Potjemkins Village(慣用句)
ポチョムキンの村。ロシアでみせかけだけのもの、欺瞞を指す言葉。
エカテリーナ2世がドニエプル川沿いを視察した際、先制政治下の貧しい村の様子を見せてはまずいと考えた側近ポチョムキン爵がきれいな絵を書いた紙を村に張り付けて取り繕ったという寓話から。
ちなみに戦艦ポチョムキンの名も、この"Potjemkins Village"の話にでてくるポチョムキン爵から取られている。
Mariinskij-Theater(建物)
アップグレード建物はサンクトペテルブルク近郊にある名所になっている。
Mariinskij-Theater(マリインスキー劇場)もそのひとつ。
ロシアを代表する歴史ある劇場で、多くのロシア歌曲の初演が行われた。
チャイコフスキーの白鳥の湖、くるみわり人形などの初演が行われたのもここ。
Peterhof(建物)
ペテルゴフ。ピョートル大帝の夏の宮殿。ピョートル宮殿。
大庭園に面して建てられた美しい宮殿で、庭園にある100以上もの噴水が有名な観光名所。
または、その宮殿がある街の名前。
St. Isaaks Cathedral(建物)
聖イサーク寺院。サンクトペテルブルク中心部にあるロシア正教の寺院。
ピョートル大帝の守護聖人、聖イサクにちなんで名付けられた金色のドームの建物。
Redeemer's Church(建物)
キリスト復活教会。エカテリーナ運河沿いにある、タマネギ型の先端が美しいカラフルな教会。
別名スパス・ナ・クラヴィー聖堂(血の上の教会)。
1881年のアレクサンドル2世が爆弾テロに会い暗殺された事件を設立のきっかけとし、
その現場に建てられているためそう呼ばれる。
Harbor(建物?)
港。サンクトペテルブルクはロシア北部・バルト海の湾に面している。
さらに、ネヴァ川もあるため、古くから水運が発達していた。
サンクトペテルブルク港が有名。
Palace of Catherine the Great(建物)
エカテリーナ宮殿。
サンクトペテルブルク南の郊外にある、琥珀の間で有名な宮殿。
もっとも、琥珀はドイツ軍に略奪されてごく一部しか修復されていないらしい。
Smolny Monastery(建物)
スモーリヌイ修道院。
エカテリーナ2世によって、貴族の子女の女学校として建設されたバロック様式の建物。
後に革命家たちの活動拠点として利用され、1917年の10月革命でソビエトの政権樹立が宣言された場所でもある。
現在はコンサートホールとして使われているらしい。
Hermitage(建物)
エルミタージュ美術館を構成する一群の建物。Winter Palace(冬の宮殿)もこの中に含まれる。
エルミタージュはもともとは「隠れ家」を意味し、エカテリーナ2世が美術品を収集してつくった専用美術館がその起源。
現在は美術館として一般開放されている。
Winter Palace(建物)
冬の宮殿。ピョートル1世が作らせた宮殿で、現在はHermitageの本館として使われている。
この場所はもとは歴代ロシア皇帝の住まいであった。
1905年、ロシア当局が労働者のデモ隊を銃撃し多数の死傷者を出した『血の日曜日事件』も、冬の宮殿前で起こった。
この事件をきっかけに帝政への不満がいよいよ高まり、ロシア革命へと繋がっていくことになる。
|